“人生に、駆けぬける歓びを。”のコンセプトのもと、日本独自で展開されるプロジェクト「BMW BELIEVES」。今回は初の試みとして、“ワインとクラシックのマリアージュ”をテーマとしたピアノコンサートをブランド・ストア『FREUDE by BMW』にて開催いたしました。次代を担う気鋭のピアニストであり、日本ソムリエ協会認定の「ワインエキスパート」の資格も持つ務川慧悟氏をお招きして行われた、甘美なる一夜の宴。その模様をレポートいたします。
BMW BELIEVES
その歓びは、いつだって新しい。
BMWは長きにわたり、芸術および文化振興のためのさまざまな活動に積極的に取り組んできました。これまで実現したプロジェクトの数は全世界で優に100を超え、多様なパートナーとのコラボレーションが生むユニークな体験や出会いによって、交流、革新、創造の新たな機会をもたらしてきたのです。
「音楽」「アート」のカテゴリーにおいては、単発的なイベント開催にとどまらず、より長期的な視点での文化振興のサポートを行うべく、汎用性、展開性の高いプロジェクトのフォーマットをパートナーとともに構築・提供しています。
心高鳴る一夜に向け、想いは加速する。
2025年11月11日(火)。日の入りが早まり、街に煌めきが灯る夕刻。普段と異なるテーブル・レイアウトが成された『FREUDE by BMW』へと人々が吸い込まれてゆきます。そのエントランスでお客様を迎えるのは、先日開催された「Japan Mobility Show 2025」にてジャパン・プレミアとなったBMW M2 CS。特徴的なダックテール形状のトランク・リッドをはじめ、アグレッシブにチューンされた特別な一台です。ボディを染めるBMW Individual ベルベット・ブルーの艶めきが、今宵の会場を美しく情熱的に彩ります。
やや肌寒さを覚える外とは異なり、室内は期待に満ちた熱気で満たされました。お客様が席に着き、午後7時に開演。司会より『FREUDE by BMW』や「BMW BELIEVES」プロジェクトの紹介、この日より展示が開始されたBMW M2 CSについての説明とともに、本日の“ワイン・ペアリング・コンサート”の概略についてお話しさせていただきました。
五感すべてで堪能する、上質な時間の幕が開く。
そしていよいよ、今宵の案内人である務川慧悟氏がステージへ登場。拍手が収まるのを待ってまず奏でられたのは、バッハの『イタリア協奏曲 第1楽章』。幕開けに相応しい快活なメロディが紡がれるなか、それぞれのテーブルでは、グラスにシャンパンがサーブされます。
すべてのフルートグラスに淡い黄金色が満ち、演奏が終了。拍手のなか、務川氏が挨拶とともに「ワインエキスパート」の資格取得や今回の企画にかける想いを観客に語りかけます。最初のワインとして選ばれたのは『ルイナール ブラン・ド・ブラン』。シャンパーニュ地方で最古のメゾンであるルイナールが伝統製法により生み出す、繊細かつしなやかな味わいを持つ逸品です。その歴史ある味わいとともに愉しむ曲として、務川氏はラッヘンマンの『子供の遊び』をセレクトしました。
観客の胸中で交錯する、古き伝統と現代の粋。
最も偉大な現代作曲家のひとりであるラッヘンマンについて、そして選曲の意図について。務川氏はこう解説します。
「ラッヘンマンの作品は、ピアノに限らずさまざまな楽器において、一般的なクラシック作品にないような特殊な奏法を駆使して作曲されています。この『子供の遊び』はタイトルの通り一見すると子供でも弾けそうな作品ながら、ソステヌート・ペダル(グランドピアノの中央のペダル)を駆使したり、鍵盤も極端な音域を使ったりします。おそらく晩年のベートーヴェンの作品から影響を受けていると思うのですが、そのような前衛的な調べを、ぜひシャンパーニュの粒立ちの良い泡と合わせて聴いていただきたいなと思います」
務川氏が演奏に入ると、冒頭から観客たちはこれまでとまったく異なる“ラッヘンマンの世界”へと誘われます。メロディではなくひとつひとつの音、ひいてはその音を発するグランドピアノという機構の奥深くまでを感じさせるような、非常に意欲的な演奏が繰り広げられました。
“ピアノの詩人”の青春に、想いを傾ける。
「ラッヘンマンの曲、人によっては“なんだこれは”と思われたかもしれません。こういうリラックスした雰囲気のなかで現代音楽を弾くことはまずないと思うので、敢えて選ばせていただきました。さて、次はショパンの曲と合わせて、フランスのプイィ・フュメという地域のソーヴィニヨン・ブランを使った白ワインをお出しします。」
『子供の遊び』を弾き終えた務川氏がそう語ると、客席には『プイィ・フュメ ドゥ・ラドゥセット』が提供されます。
「ショパンは僕がとりわけ好きな作曲家なのですが、彼は人生の半分、20歳までをポーランドのワルシャワで過ごしたのちにパリへと渡り、39歳でその地で没します。パリに渡って以降のショパンは体調に不安を覚え、作品においても極度に繊細で内向的なものが多くなりました。一方で、ワルシャワ時代の作品は非常に爽やかなのです。そんな時期に書かれたショパンのエチュードと、ハーブの香りがしながらもしっかりとエレガントなフランスのソーヴィニヨン・ブランを、ぜひ合わせてお愉しみいただければと思います」
交わり合うところに、新たな世界が生み出される。
ピアノへと向き直った務川氏が奏でたのは、ショパンの『エチュード集 Op. 10』より第1番、第3番「別れの曲」、第5番「黒鍵」、そして第12番「革命」。パリへ渡った後に発表された作品ながら、大部分はワルシャワ時代に着想を得て書かれていたこれらのエチュード。時に華やかに、時に淑やかに。清涼なる情熱を感じるその調べに、大きな拍手が贈られます。
「ありがとうございます。続いては赤ワインですが、どうか急がずにご自分のペースでお愉しみください」
と、ここで務川氏からアドバイス。場が和むなか、テーブルには『シャトー・ル・ゲイ ポムロール』が用意されます。ボルドー右岸地域に位置するコミューンであるポムロール。この地の粘土質な土壌から吸い上げたような鉄のニュアンスを感じる、非常に複雑な香りと味わいが特に好きだという務川氏。“今日の主役”として据えられたこのワインに合う曲として選ばれたのが、ラヴェルの『夜のガスパール』でした。
「この曲はルイ・ベルトランによる同名の詩集のうち、「オンディーヌ」「絞首台」「スカルボ」の3篇から着想を得てラヴェルが作曲したものです。彼はフランスの、いわゆる印象派時代の作曲家です。ペダルを多用して音に遠近感というか、前景と後景のような奥行きを出す印象派の作風、その到達点がこの『夜のガスパール』だと思っています。ゆえに極端に複雑で高度な技巧を要求されるので、僕はこの曲を弾く時に、まるでポムロールのワインような感覚を味わいます。曲にもワインにも、さまざまなものが交わり合った複雑な妖艶さが宿っている。特に今日ご用意したワインは2014年のものですので、注いでから時間が経つにつれて変わる味わいも存分に愉しんでいただければと思います」
妥協なき研鑽が切り拓く、かつてない地平。
言葉を用いて絵画を描き出すかのようなベルトランの詩。それをさまざまな技法を用いて音として表現し、曲として構成し、さらなる高みへの跳躍を目指す。奏でられる耽美な調べに込められたラヴェルの崇高なる情熱。強い想いのこもった務川氏の演奏により、その情熱は時空を超え、観客たちの眼前に現出したようでした。
そしていよいよ、クライマックス。デザート・ワインとして選ばれたのは、ハンガリーの貴腐ワイン『トカイ・アスー 5 プットニョス パトリシウス』です。
「なぜこのワインを選んだかというと、記録ではベートーヴェンがこのトカイ・ワインを非常に好んでいたそうだからです。ベートーヴェンは古典派の作曲家とされています。彼は生涯で32曲の『ピアノソナタ』を書くわけですが、このあと演奏する第28番は、そのナンバーからもわかるとおり晩年に近い時期のものです。ベートーヴェンの晩年の作品はロマン派の扉を開いたと言われるように非常に革新的な音楽が多いわけですが、この『ピアノソナタ 第28番』にも全体としてロマン派の傾向が出ています。彼にしては珍しい“非常に甘い”曲かなと思い、彼が好きだった“非常に甘い”トカイの貴腐ワインと合わせてみました。最後まで、ワインを愉しみながら聴いていただければと思います」
饗宴の締めくくりは、心からの歓喜とともに。
歌謡性の強い伸びやかな旋律で、まさに“ロマン派の幕開け”といった雰囲気が漂う第1楽章、行進曲を思わせる第2楽章を経て、夢の世界へと入っていくような、務川氏曰く「非常にシューマンらしいものを感じる」第3楽章。そして高度な技巧を要求される最終楽章のフーガまで。最後まで手を緩めず、魂が込められた演奏が続きます。観客たちはワインを愉しみながらも、その圧巻のパフォーマンスに次第に心を奪われてゆきます。終演と同時に、会場内は尽きせぬ喝采であふれました。
務川慧悟氏の精緻かつ豊かな表現はもちろんのこと、曲の背景やともに愉しむワインについての軽妙洒脱な解説により、『FREUDE by BMW』初のワイン・ペアリング・コンサートは、大いなる高揚のうちに幕を閉じました。帰り際には「素晴らしい時間をありがとう」と、直接声を掛けに来られるお客様も。それに応えた務川氏の表情も、大いなる充足感とこれ以上ない歓びに満ちていました。
BMW Japanでは「BMW BELIEVES」プロジェクトのもと、クラシック音楽をはじめとした文化振興のために、今まで以上のさまざまな支援活動に取り組んでゆきます。
務川慧悟
Keigo Mukawa
1993年愛知県生まれ。東京藝術大学を経て2014年にパリ国立高等音楽院に首席合格し、ピアノ科、室内楽科、フォルテピアノ科を修了。2019年にロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで第2位、2021年には世界三大コンクールのひとつであるエリザベート王妃国際音楽コンクールで第3位を受賞。バロックから現代音楽までそのレパートリーは幅広く、各時代や作曲家それぞれの様式美を追究した演奏と多彩な音色には定評がある。
現在は日本とフランスを拠点に演奏活動を行っており、古楽器であるフォルテピアノの奏法研究にも取り組む。また近年は文筆にも活動の幅を拡げ、『小説すばる』(集英社)にてエッセイ「ピアノとワインと時々パリ」を連載。好評を博している。